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「わかりかねる」

ぎっくり腰が痛いのですが、髪型とか服装もあれですが、
とにかく体を鍛えようと思います。あと勉強と創作活動に専念し、
世界の平和、子供たちの未来、精神の解放に貢献したいものです。

ミクシィの日記に以下のようなことを書いたのです。

宇宙と生活は対立するとしてですよ、
こう宇宙側に行くと、知覚が拡大して、
様々なものが引っかかってくるのですけれども、
これが凶と出ることもあるので注意が必要です。
生活側にいくと、引っかかりは少ないですが安定します。

あるのは「生」と「死」として、
人生を「生」と「死」の間をつなぐ
一本の糸と考えて、この糸は生まれたときから
非常に不安定に揺れていると思います。
泣いたり笑ったり、元気になったり落ち込んだりは、
普通の振幅の範囲内というか生活への集中なのですが、
揺れが激しい人もいて、糸が切れんばかりに大きく
宇宙側に揺れたときにだけ、
見えるものがあるのでしょうけれども、
それは見えない方がいいのかもしれません。
一度見てしまったら、もどってこれるのでしょうか。

入学、卒業、就職、一人暮らし、結婚、出産、退職
こういう生活側イベントは、揺れる糸を留めて
少しずつ安定させていくための
「ピン」の役割なのではないかと思いました。

揺れが完全に止まってもおもしろくない。
揺れ過ぎて、糸が切れちゃってもまずい。


こういうことを、ランチでイガラシイッセイに
熱心に話したのですが、今の流行語で言うところの


「わかりかねる」


という表情でした。
あれですよ、瀬戸際のギリギリの所を歩かなくては、いかんのですが、
そうするとノイローゼになるので、そしたら玩具の兵隊のように、
麦稈真田を敬虔に編んで戻して、中庸でいきたいです。
狂気と形式、インとアウト、躁と鬱、緊張と緩和、
宇宙と生活、もういいのだ、誰にも分からんでも。
バラバラでも知覚が拡大して作ったピースを淡々と拵えていけば、
そのうちつながる、考えたこともない深層意識が、曼荼羅になって浮かび上がるのです。
なぜなら宇宙の原則に従っているから。そういうコンセプトで臨むべきだ。
儲けようというのではない、アフォーダンスで真理に沿えば、
すべてがうまくいくのだ。きてる、きてますよ。


こんなのはいらないというようなのは、すでに生きてないのだ。
「大人たちの半分は生きてはいないけれど」ってあるじゃないですか、
本人が幸せなら、横須賀線の車中で肩をすくめて缶チューハイ
啜ってもいいじゃないかというかもしれんが、違う。
それは幸せではない。幸せは、跳ね返ってきた時にあるものだと思います。
自分の本当の姿は、人から当てられた光の中でしか確認することができないのだっ。
生きているという実感、生きとし生けるものへの貢献しかないのだっ。
ぬんおおお。


とりあえず、お酒を止めようと思います。完全にはやめないけど。


(12月からは普通の日記にもどります)