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宇宙の素晴らしい形式化が「芸」だと思う。

NHKの「プロフェッショナル」という番組で、
落語家の柳家小三治さんの回を見たのですが、
柳家小三治さんの考え方は、前にも出演していた
プロフェッショナルの方々にも、通じているところがあると感じました。
それは、工業デザイナーの深澤直人さんや、
建築家の隈研吾さんで、この方々に共通するのは、
アフォーダンス」だと思いました。


深澤直人さんは、あるモノを目にしたり、手にしたとき、
その人が自然に無意識のとる行為を元にして、
人間の本能に沿った無理のない、自然な製品をデザインする。
隈研吾さんは「負ける建築」という考え方で、
自己主張するのではなく、独創的でありながらも、
周囲の環境に溶け込むような建物を建てる。


落語家の柳家小三治さんは、無理に笑わそうとしない。
押し付けずに、自然に、ひたすら自分の世界を作る。
世界がうまくできていれば、お客さんから世界に入ってくる。
話を聞かせて、笑いはオマケだと言っていました。


この前、「芸」という漢字を、漢字辞典で調べたとき、
「自然の素材に手を加えて、形よく仕上げること」
とありました。これだと思いました。
「自然の素材」の持つパワーを「加工」する。
加工しすぎると、自然が損なわれるし、
加工しないと、自然が伝わらない。


プロフェッショナルたちがやっているのは、
自然を最大限に活かす加工の芸の術なのです。
宮崎駿さんの回で印象的だったのは、
「映画の奴隷になる」ということで、
「自分が好きなようにやっているのではなく、
この映画はこうしなきゃいけないっていう宿命をしょっている」
と言うところでした。これなんかは、まさに、
映画のあるべき自然な本来の姿があって、
自分は奴隷になって、それを形にするだけという
強い思想が見えて、ぞくぞくしました。


「宇宙」を何かしらの「形式」でまとめて、
お客さんに、伝わりやすく、楽しく見せる。
自分で作るのではなく、自然を主体にして、
自分のできることで、宇宙に寄り添う。


これが創作に重要なところではないかと思いました。
作ろうとしない。人間の力で、どうこうしようとは考えない。
ただただ、ある圧倒的で抽象的なパワーを認識して、
それと共に生きて、形にしていく。
そうしてできたものは、人工物なのに昔から自然に存在していたように、
調和して、とても美しいものになるのでしょう。
宇宙。


ガウディの言葉。
「創造するのではない。人間が作り出すものは、
すでに自然という偉大な書物に書かれている。
人間はそれを読む努力をしなければならない。」



ということで、

サイレンツの敗因は、2回戦、3回戦と回を重ねるごとに、
宇宙の力が形式によって消耗されたことにあります。
このバランスを取る、芸を磨けば勝てる、のだろうか。