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ブラタモリがおもしろいことと、ネタの競争優位性。

NHKで木曜の夜にやっている
「ブラタモリ」が、とてもおもしろいです。


タモさんが、ぶらぶら散歩して気になったところを、
古地図を参照したり、専門家の人とかの話を統合して、
歴史的・地理的に掘り下げていく番組なのですが、
前回は、街灯に書かれている区の名前を見て、
新宿区と豊島区と文京区が、
不自然な境界で分かれていることに着目したタモさんが、
昔の神田川の形まで遡って、その謎を明かすという内容で、
すごく感心しました。


同じ散歩番組では、地井武男の「ちい散歩」とか、
「ぶらり途中下車の旅」とかありますが、
これらの番組が、商店に入って、何か食べたりするだけなのに対し、
「ブラタモリ」は、古地図マニアのタモさんにしかできないことを、
丁寧に積み上げてやっていて圧倒的な質の差を感じました。



ところで、

何か人に見せるものを作るまでの段階について、
3段階あると考えているのですが、
1つめは発想できるかが勝負になっていて、
その次が実行できるかだと思うのです。
それで、この2つまでは競争相手が多いと思うのです。
例えば、「納豆を一万回混ぜる」という記事をDPZに出した
古賀さんという方のブログに、
納豆のネタをテレビに出してもらう際に、
DPZのクレジットを入れてもらえなくなった
という話があって、その理由が、

納豆を一万回まぜる記事はネット上にデイリーポータルZ以外にもあり、
デイリーポータルZがオリジナルであるか分からないため


ということで、古賀さんはショックを受けていました。


で、あれだなあと思ったのは、
発想と実行は、人のものをマネしてできてしまうので、
3つめとして表現があって、それはまとめ方の技術や、
知識量とかキャラクターに行き着くのでは思ったのでした。
具体的には、この人がやるからこそ
このネタがおもしろいのであって、他の人がやっても、
全然おもしろくなくなるようにすることなのです。



なので、

納豆を1万回混ぜるというのは、
発想と実行までよかったけど、3つめの表現が不足して、
誰かに取られてしまうような形になってしまったのではと思いました。
僕も以前、世界中でダンスをする"Where the Hell is Matt?"への
アンサーダンスとして、山手線の全駅で踊るというのをやって、
その翌年に、DPZが同じことをやっていたときは、
ちょっとショックでしたが、素直に負けを認めました。


僕の方が先にやって再生数が1,000にも満たないのに対し、
後発のDPZの住さんの方は、60,000も再生されているのは、
僕の表現方法が、誰にでもできてしまうものに
なってしまっていたからなのです。



しーなねこ版。



DPZ版。



で、なんでしたっけ。

要するに、個性というかこの人がやってこそ、
このネタは輝くのだというものをきちんと発想・実行して、
それをきちんと表現していくことをしたいと思ったのですが、
そうなるためには、まず自分自身のパーソナルブランディングや、
たくさんの勉強をしなくてはと、危機意識を抱いたのでした。


で、話が最初に戻るのですが、
「ブラタモリ」はそういう点から見ても、
タモさんのギャグ、ぶらぶらするという気楽なイメージ、
古地図、膨大な知識量、NHKの力などの要素を存分に発揮して、
誰も追随できない域にまで仕上げているので、




タモさんは本当にすごい。




と感動しているわけなのです。


それで、こういうのはテレビ番組やブログのネタに限らず、
漫才や小説や音楽とか表現全般に言えることで、
生きることも表現とした場合には、こういうのが、
人間の遺伝子的な競争優位性、つまりは「モテ」や「カネ」
獲得するための要素になってくるのかなあ
と思ったのでした。