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諦めの早い子供でした。

「諦める」というと、
できないとか、しかたがないとして
物事をやめる意味でネガティブですが、
「諦」という漢字の本来の意味は、


つまびらかにする、あきらかにするとか、
いろいろ観察をまとめて真相をはっきりさせる。


という意味で、名詞的には、
全体を取りまとめて見通した真相。真理、悟り。
というのがあるらしいです、漢字辞典によると。
これはわりと前向きな印象がします。


で、何が言いたいかというと、
なぜ「あきらかにする」というのが、
「しかたなくてやめる」になってるのかな、
ということです。


そんなことを考えているときに、
ある宇宙開発の研究者の人のインタビューを読んで、
こう書いてあるのを見つけました。

「ビジョンとは何かというと、
捨てることだと思います。
何かを採用するのではなく、
何かを捨てるというのがビジョンなんです。


何かを実現するために予算を集中投入するためには、
何かを捨てなければなりません。
あれもこれも大事と言って何も選択しなければ、
良いものがより良くはならないし、
高いレベルまで達しないと思います。」


捨てる。つまり諦めることが、
ビジョンすなわち展望、見通しを
はっきりさせることになるのだと。
そう考えると、諦めるの二つの意味が
何となくつながるような気がしました。


ところで、僕は昔から諦めの早い子供だったので、
その点はよかったと思いました。
皆が猛烈に頑張って走って行くのについていくのは、
端から(スタート前から)無理だと思って、
いつも別の抜け道を探すような子供でした。


それはともかくとして、やはり
今はそういう転換期というか何というか、
このまま頑張って走り続けるとふいに崖から落ちるのでは
というような人がいっぱいいるような気がします。
いや、崖に向かってるのは僕かもしれませんが。


作家の島田雅彦さんがTwitter
ツイートしていました。

「神でも人でも何かを無根拠に信じなければ、何もできない。
政治も経済もそんな呪力に頼っている。」


共同幻想で作られた、あるべき姿を諦めて、
本質的なものをあきらかにして、呪力から解放されると、
人間、ずいぶん楽しくなるのではと思ったわけです。
そして、その方が旧来のあり方で頑張るより、
はるかに遊んで暮らせそうな予感がするのです。
完全に予感ですが。


ただ、あれなのは、諦めるかどうかという
判断をする視点にも立てないぐらい流れに巻き込まれて、
それにも気付いていないケースも多いように思うことです。


とりあえず、僕は合コンをします。



ところで、誕生日に頂いたチョコレートは、
毎日少しずつ食べています。ありがとうございます。