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しだいにゆっくりになってくる。

何かさわったときの触覚の感度って、
体の部分によって違うんですよね。
例えば、指だと物の質感とかがわかるのに、
背中で触れてもよくわからないのですが、
これは部分によって脳に割り当てられている
面積が違うからなのだそうです。


で、なんでそんなことを思ったのかというと、
時間の感じ方についても同じように思ったからです。


例えば、無意識に自分がしていること、
「呼吸」とか「歩く」といった行為について、
ものすごくゆっくりよく観察していく。
すっているー、はいているーとか、
右足が地面についた、左足が地面からはなれたとか。
そう繰り返していくと、
いつも気にも留めずに過ぎていく物事が、
しだいにゆっくりになってくるのです。


瞑想は呼吸に意識を集中させるのですが、
三〇分やったとき、うまくできると、
一時間くらいやっていたように感じるのです。
それで、なんでだろうと思っていたのですが、
これはたぶん、はじめに書いたセンサー、
つまり脳の感じる面積を、認識することで広げて、
単位時間あたりの情報量を増やした結果、
相対的に時間が長く感じるようになったから
ではないかと思いました。


毎日、同じように会社に行って帰って寝てを
繰り返していたら、ほんとあっという間で、
もう花見の季節ですよ。これは何度も何度も
同じ刺激を受け過ぎて、指の皮が厚くなって、
何も感じなくなり、単位時間あたりの刺激が少ないので、
相対的に時間を短く感じているためではないでしょうか。



で、

もっと重要なことは、予想ですが、
脳は感じた時間で、仕事をしていると思うのです。
現実の時間が三〇分でも、仮に一時間に感じたら、
脳は一時間分の仕事をしていると思うのです。
ここに、作家とか創作する人たちの
秘訣があるのではないかと、僕はにらんでいるのです。


小説家の人の想像力は、とんでもないと思うのです
世界をまるまる創り出すわけじゃないですか。
そこに人物がいて、物語ができていく。
どの小説も同じ方法でできているとは思いませんが、
この作業は、ものすごい膨大な量の思考実験だと思うのです。
あらゆるパラメータでシミュレーションを無数に繰り返す
システムダイナミクスです。


こんなスーパーコンピュータみたいなことができる人は、
何かしらの方法を使って、一日二四時間を、
本人的には一〇〇時間くらいに延ばして、
考え続けているのではと思ったのです。
瞑想が予知だとかそういう神秘的なことと結びつくのも、
もしかしたら、引き延ばされた時間内で、
現実世界について膨大なシミュレーションをして、
ヒットした結果ではないかと思ったりします。



では、

創作したりして、時間を有意義に使って、
楽しくすごすにはどうしたらいいかというと、
単位時間あたりの入力を増やして、
体感時間を延ばすために、まずセンサーの感度を上げる。
具体的には、あらゆることをゆっくりひとつずつ認識する。


それから、入力に集中する。入力には質と量があって、
普段やり慣れていることよりも、慣れていないことの方が、
刺激が強くて質が高いですが、
滅多にないからこそ刺激が強いので、量が少ない。
逆に、呼吸とか散歩は刺激は少ないですが、
生きている限り続くので、量が多い。
この動的な入力と、静的な入力のバランスについても、
特性を見ていきたいですが、たぶんバランスだと思います。


そうこうすると、
同じ時間の中によい刺激がたくさん入って、
しかもそれをゆっくり認識することになるので、
その人の脳の時間は長くなる。
脳の時間の長い人と普通の人が、
現実世界で同じ時間考えると、
長い人の方が、より広く深いところまで行ける。
より広く深いと、より楽しく思い通りに暮らせる
可能性が高くなるのではと思ったりしました。



と書いてて思ったのですが、

赤ちゃんって、毎日が新しいことばかりだし、
手当り次第にさわったり、口に入れたりして、
大人の何倍も刺激があるだろうから、
言葉や動きをどんどん覚えたりするのでしょうか。