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覚え書など。

鼻と喉が痛くなってしまいました。
マフラーを巻いて寝たら痛みが減りました。


リラックス・オープン・エンジョイを
目指していますが、余計な力を完全に消すのは、
なかなか難しいなあと思いました。
リラックスしていると思っても、
身体の端から順に認識していかないと、
特に肩甲骨の間や顎など、どこかに必ず
緊張が解けていない部分があったりするのです。
何か変だと思ったら確認するようにしたいです。



認識したいものです。

歩くときの足の裏が
地面に付いたり、離れたりすること。
息を吸ったり吐いたりして、
肺やお腹が膨らんだりへこんだりすること。
視線の動かし方、体の角度、全部認識したい。
そして、それだけをしっかりやりたい。
そうすれば相対的な時間が増える。



最近、

モテなくてもいいような気がしてきました。



一般的に

男子は、女子の外見を最重要視するのに対し、
女子も外見を重視するけど、それ以外にも、
お金とかを重視する。



何か

テーマを決めて書くよりも、
適当に書いていても、どうしても
滲み出てしまう方が自然な気がする。
そのためには考え続けなくてはならないが、
それはノイローゼと紙一重である。
作品にはその闇が入り、それが魂になる。
魂を持った作品は作者の分身であったり、
摘出された腫瘍のようでもある。
それが現実世界で生きた証拠(実感)になる。


どの方角からでも深く掘ると同じ所に着く。
同じ所にあるものが本質である。
本質が織り込まれた作品に触れると、
受け手の中にある、曖昧であやふやな経験や、
ほとんどなかった経験など、
様々な位置にある様々な濃淡の経験の点が、
補正され、補完され、繋ぎ直されて、
ひとつの本質的な構造になって、しっかり刻み込まれる。
その構造は神話にあるようなものなのかもしれない。
構造が人間の無意識に入ると、人間が上等になる。



この前、

近所の暗闇坂をいう坂を上っていたら、
向かいから、顔色のわるい背の高いおじさんが、
とぼとぼと歩いてくるのが見えた。
このまま行くと、ちょうど坂の頂点あたりで、
おじさんとすれ違うなと思って歩いた。
ちょうど頂点ですれ違うまさにその瞬間、
おじさんが、


「だりぃぃ〜〜〜」


とすべての息を吐くようにして呟いた。
そうか、やっぱりだるかったのか。と思った。