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明るい笑い声が聞こえて、ハッとした。

ある朝、会社近くの建設現場を通りすぎたとき、
グレーのネットの中から「カーッカッカ!」と、
景気のいい笑い声が聞こえてきたのでした。
何がおかしいのか話の筋はわからないけど、
なんとかさんがそういったからよぉーカーッカッカ!
と、はずませた心の音がそのまま声になったような、
明るいエネルギーに、僕はずいぶん、
救われたような気分になったのでした。



そのとき、

歩きながらこんなことを考えていた。
思考のねじれが作り出す病気みたいなものについて。
うちの父はやけに被害妄想が強くて、何かあると、
すぐに自分に危害が加えられようとしていると感じるらしく、
テレビや新聞や周囲の出来事の中から、
ネガティブな認知をして、すすんで自分の心を乱して、
自分がそういう状態であることに気づいていない。


これはきっと、様々なコンプレックスが
固まったためではないかと僕は分析していて、
例えば子どもの頃ひどい貧乏だったらしいことから
経済的なコンプレックスや、それに端を発して、
体の大きさや力の強さのようなことにこだわったり、
定年近くになっても強い大学特集みたいな本を買ってくる、
学歴に対する執着みたいなものがあったりと、
考えなくていいことで編んだ鎖のようなものに、
自分から絡まって、妬んだりイライラしたりするわけです。


病気になるというのは、
こういうことではないかと思ったのです。
イライラして心が乱れるとセロトニンレベルが下がる。
ストレスを感じて免疫力が低下する、血圧が上がる、
何かよくないものに依存的になる。で、病気になる。
父は十年以上前に死ぬかもしれないような病気をした。
最近も大腸の再検査をして、あまりよくない結果が出た。


きっと、このままの認知と思考でやっていくと、
複雑なねじれで心と頭がぶっこわれて、
宇宙にとってよくない存在になってしまうような場合、
ヒューズを溶断させて電気回路が壊れるのを防ぐみたいに、
心や脳が壊れるのを防ぐために、体を壊すのではないだろうか。
宇宙の自動制御システムがリカバリーを要求したときのモードが、
病気というかたちをとるのではと思ったのでした。
もちろん生まれつきだったり、事故みたいに
なってしまう病気は別として。


生死にかかわるような大病を患えば、
誰でも生きる意味や、生き方について考えたり、
どうしてこうなったかを振り返ることになる。
ねじれ具合やたまった毒の量にもよると思いますが、
ここで認知や思考の歪みが補正されれば治るだろうし、
どうしても人間が変わらなかったり、手遅れだったら、
また来世ということになってしまうのだろうか。



そんなことを

考えながら歩いていたら、
建設現場から明るい笑い声が聞こえてきて、
ハッとして、いやいやいやと、
深刻な考えを振り払って、
僕自身も気をつけないとな、と思ったのでした。