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大きな赤い月。祖母が亡くなった。


帰り道の曲がり角、十六夜の大きな赤い月が、
不意に目に飛び込んできて、胸が波打ったのですが、
未明に祖母が亡くなりました。


先月末に余命があとふた月もないと聞いて、
命があるうちに会っておかなくてはと思ったのですが、
名古屋だと、思い立ってすぐとはいかなくて、
いや、本当は行けたのだろうけど、
出費や時間のことを考えると腰が重くなったのでした。
挨拶しておかなくてはという気持ちが、
心に掛かっていても、たいてい危篤になるまで放っておいて、
後から、本当か嘘か、元気なうちに会っておけばよかったと、
後悔するのだろうなと思っていました。



ところが今月上旬に岐阜旅行をしたときでした。
ひのじさんが取ってくれた帰りの切符の乗車駅が名古屋で、
発車時刻が夜八時半になっていました。
夕飯にひつまぶしを食べたかったかららしいのですが、
店が開くまで時間が中途半端に空いたので、
「うちのおばあちゃんの家行ってもいい?」
と聞いたのでした。実は、ポケットに、
祖母の家の電話番号をメモした紙を入れてきていたのです。


ぜひ行った方がいいよ、
と、ひのじさんが同意してくれて、
タクシーで家に行くと、祖母が杖をついて迎えてくれました。
「さあさあ座って座って」と勧められて座ったら、
「座布団敷いて、座布団」と勧められて座布団を敷いたら、
「お茶、お茶」「お菓子、お菓子」と次から次へと
せっかちに気を遣って、同居している伯父さんをこき使って、
「口だけは達者でしょ」
と冗談っぽく笑っていました。
放射線治療で髪がなくなってしまった頭や、
腫れてパンパンになった脚を見ると辛かったですが、
たしかに口調は昔と変わらず、認知症の気配もなくて、
あと数年生きられるのではと思ったのでした。


この翌週の土曜に、妹と母が名古屋に会いに行って、
その次の月曜に状態が急変して、今月いっぱいと言われ、
火曜には今週いっぱいかもしれないとなって、
水曜の深夜に、亡くなってしまいました。
よく気を遣う、せっかちな祖母らしく、
誰にもほとんど迷惑をかけずに、さっと逝ってしまいました。
僕ら家族に会うのを待っていたみたいに。


僕の祖父は、父方も母方も亡くなっていて、
いま祖母が亡くなって、と夜中に考えていたら、
いつまで家族がいるのだろう、
ご先祖から自分までの長い道の先端を、
僕は拓きながら照らして歩いているのだけど、
この道は歩いているそばから消えていくような、
燃えたそばから灰になっていくような切迫感を覚えて、
胸が苦しくなりました。しかし、どうあっても、
まあ、生きていかなくてはならない。
と思いました。


花火が燃え切る前に、次の花火に連鎖させるようにして、
ご先祖から引き継いできた命と、残りの人生を、
自分を深めていくための長い道のりだと信じると、
不思議と静かな気持ちになりました。
その結果、近しい人や世間がよくなれば言うことない。
誰かのためにこそ、まず自分を磨く。
精神も肉体も、宇宙も生活も、軸を中央に突き立てた上で、
強い力でぐるぐる回して、進める、月に向かって。


おばあちゃん、どうもありがとう。