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曜日感覚が変になっている。今和次郎展。パスタ。

昨日が春分の日でやすみだったので、
ぼんやりすると今日が月曜日と錯覚して、
いやそうじゃないなと気を引き締めると、
金曜のような気分になって、あたまが揺ら揺らしている。
会社で激しく眠たくなっていたら話しかけられて、
「ねてる!」と言われて失礼してしまった。

金曜日、

じゃなかった月曜日は、
会社を早く出てあるトークイベントへ行こうとした。
けれども非常におなかが空いて富士そば
カツ丼を食べていたら開演時間を過ぎてしまい、
もうどうでもよくなってCAFE de CRIEで、
珈琲一杯で一時間半居座って本を読んだら、
なんか全身が臭くなった。


夜、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」の
羽生善治さんの回を見返す。
記憶力と反射神経で戦ってきた二十代から、
大局観という概念で戦うようになった三十代への、
転換の部分は何度見てもぐっとくる。
敢えて藤井システムに飛び込んでいく羽生さんと、
それを見守る控え室の棋士たちのざわざわ感。
「これで藤井さんが負けたら、傷つきますね。
存在を否定されてるようなもんですから」
命懸けで戦っている恐ろしい世界。
一手一手に入魂する姿が超カッコいい。
一文一文に入魂する文豪もカッコいい。
ぼくも、なにかに入魂したいよ。

春分の日は

昼から汐留ミュージアムへ。
ひのじさんと行った。今和次郎採集講義展。

民俗学研究者の今和次郎の仕事が展示されている。
柳田國男の弟子だからか超フィールドワークで、
「このひと病気なのでは?」
と疑うくらい細かいことを、
足と目と感性でもって観察し尽くしていた。
男性の衣服や髭の形、女性の髪形、住宅の間取り
この辺りまではなるほどなあと思っていたが、


「某新婚家庭物品一切しらべ」
「鼻のたらし方」
「東京めしやのサゲ看板」


になってくると、なんだそりゃとうれしくなった。
観察した成果は、一九二七年(昭和二年)に
「しらべもの(考現学)展覧会」として
新宿・紀伊國屋書店のギャラリーで発表したらしい。
今和次郎の描いたイラストや、それに添えられた文章には、
人々の生活への尊敬や愛が溢れていて、
見おわったらあたたかい気持ちになった。
これくらい誠実に物事を積み重ねたいよ。


そのあと、三田のイタリア料理店PASTAVOLAへ行った。
白ワインをボトル一本。生ハムとルッコラのサラダ、
しらすと海老のアヒージョヤリイカと明太子のパスタ、
ツナと黒オリーブのピザなどを食べた。ほんとうまかった。
けど、飲みすぎた。

水曜

花粉がひどく舞っているのか、
目がかゆく、くしゃみを五回くらいした。
帰りに無印良品でボールペンと詰替えペットボトルを買った。
amazonで買った『ハイ・イメージ論』三巻が家に届いていた。
『マス・イメージ論』から読んでいるが、
むつかしくてさっぱりわからない。で、誰かわかる人が
わかりやすくブログとかに書いてないかしらと検索したら、
柄谷行人がこう言っていたという記述にぶつかった。

吉本隆明の文章は、
独特の用語と体系のなかで意味をもっている。
どんな文章についても同じことがいえるとしても、
『マス・イメージ論』のような書物に関して、
とりわけそのことが注意されねばならない。
むろんそれは本書をよりよく理解するための注意書きではない。
本当は、私は本書をまったく理解できないのだ。
本書を了解するためには
吉本氏の『体系』を受け入れなければならないが、
その気がまるでないからである。
柄谷行人「モダニティの骨格」)

柄谷行人が「まったく理解できない」と言ってるから、
ぼくがわからなくて当然だよなと思ったわ。
ってそういうことじゃないか。