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いろいろ思ったこととか、どうしたものか。

わりと規則正しい生活をして、
朝は目覚ましなしで起きて顔を洗って
ご飯を食べて瞑想をして会社へ行っている。
食事は以前の半分くらいにしていてそうすると、
胃腸が忙しくないからかぐっすり眠れる。
けどこの時期はやっぱり眠い。
あとお酒がすごい減った。


瞑想をしたあとに自分の子供の頃
(幼稚園前〜小学校低学年くらい)の感情を
よく思い出している。ぼくの認知の歪みが、
いったいどこからきたのかということを探る。


人に好かれたいとか、認められたいとか、
かまってもらいたい気持ちが強烈な子どもだったな。
そして、内弁慶で家の中では威張ったり怒ったり、
甘えたり、泣いたり、わがままだらけで、
家族にはたくさん迷惑を掛けたものだと思った。
大人になってだいぶ落ち着いてきたけれど、
いまもそのときの歪みはずっと残っていて、
親しくなるほどそういうよくない状態が出る。
身体のこわばりや内臓の不調に現れている。
刺激に対して反射的に負の感情が湧き出る。
そして、それが反射とも気付かずに、
正当な反応だと錯覚して思い込んでいる。


そういうプロセスをじっと観察している。
瞑想や仏教、脳についてや精神分析の本を読んでいる。
蓄積されたデータ「我」の奴隷になっている。そのほうが楽だらか。
んなもんないのに。脳のシナプスを、
まともなほうにつなぎ替える地道な作業を繰り返す。
どんなに手間が掛かっても。手遅れなことはない。


歪みのない状態、まっとうなひとの認知。
まっとうな認知(常識や型)が破れたところ、
ゆがみや緊張やこわばりに多くのひとは、
特異性を見て引きつけられる傾向があると思った。
歪みにひとはよくもわるくも反応する。
同じような歪みのあるひとほど強く反応する。
そのことを知りながら、自由自在に型を壊す力。
狂気と形式も意識して何かのかたちにしたいと思った。
それは自分を認めさせたいとか目立たせたいとか、
好かれたいというのではなくて、なんていうのだろう、
そういう歪みをおもしろさに変えて客観的に観て、
自分から切り離すことをしたいから。ぼく自身が。
それから同じようになっているひとにも伝えたいから。
さらに望むならネガティブな歪みから発するのを抜けて、
磨き込んだ技による加工や宇宙的な発達のような、
ポジティブな要素からそれを成したい。


胃・十二指腸の辺りを指でゆっくり押してみたところ、
冷たくて固い感じがしたので、
なでて押しながら呼吸をしてみたら、
血がよく巡るようになった気がした。
ネガティブなものが蓄積されていたのかもしれない。
最近はだいぶよくなってきたようで、あまりいたくない。