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よく気づいて自由に楽しく生きたいものですね。

客観的に生きるということを考えていて、
他人から自分がどう見えるか、
ということはもちろんですが、
それより自分から自分がどう見ているか、
ということがとても大切な気がしています。
で、そのためには観察することだ、
ということが、わかったように思います。


たとえば、皮膚や骨の感覚がどうなっているかとか、
心配や後悔、その時々の刺激に対する反応としての
感情がどのような状態になっているかとか、
歩くことや視線の運び方、呼吸をしたり、
いま自分がどのように動いているかなど。
体と心と動作が「いま」どうなってるのか。
微分して徹底的に認識し尽くすこと。
その超微妙な移り変わりを観察し続けること。
それをここ数ヶ月心がけています。


そんなことを考えるようになったのは、
主に下の三冊を読んだからです。

呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想

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ゲシュタルト療法―その理論と実際

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フェルデンクライス身体訓練法―からだからこころをひらく

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で、なんで観察することが大切なのかというと、
それは「気づく」ためです。ぼくは、これまで、
多くのことに気づかず、見すごしてきてたのです。
しかも、大切なことは、だいたい自分の中にありました。
というか、自分自身がメッセージを送ってくれていました。
つまり、自分から自分を見れていなかったのです。
客観的でなかった。自分に申し訳ない。


自分に申し訳ないことをしていると、
心が苦しくなったり、体が痛くなったり、
いろいろな不調やトラブルが起こる。生きづらくなる。
それは当然だと思う。なぜなら、本質的な自分(体とか心)は、
摂理を知っているからで、そのうえでサインを送っているのに、
気づかないものだから、よりサインを強くしているだけなのだ。
それに気づかないと、なんで自分はこんなに辛いんだと思う。
そのまま死んでしまう人もいる。


自分は自分を辛くしたいんじゃなくて、
自分をよくするために、気づいてと言っているだけ。
ホメオスタシス(恒常性)なのだと思う。
暑かったら汗を出して熱を下げたり、
悪いものを食べたら吐いて外に排出したり、
生き物がいつもの状態を保とうとする性質のことですが、
これなんじゃないかと思うのです。
自分を不幸だと思っている人がいたら、
それは、自分を不幸な状態におくことで、
その人の内にある課題に気づかせ、解消させ、
不幸じゃない状態に持っていこうとする力が、
うまく働いているのだと思う。
自分はそれを自然にやってくれている。
その自分に自分で気づいた方がいい。


不幸だと思うことがあっても、
自動制御の負のフィードバックみたいなもので、
全体的に見れば安定するための過程にすぎない。
自分を観察して、自分に耳をすましていれば、早く気づけて、
負のフィードバックが来る前に調節だってできる。
どんなことになっても、どうにかなるようにできている。
生き物であるかぎり、必ず成長するようになっている。
まとまりのない文章になりましたが、
そんなことを思うのですよ。