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ゼロ・グラビティ観たり、連休後半のことと、ラジオに出たことなど

お正月休みに、映画「ゼロ・グラビティ」を観た。
連休中は昼まで寝ている日が多かった。
夜に3Dメガネを持って上大岡の映画館へ行った。
なにも前知識を持たずに行ったのだけど、とてもおもしろかった。
洋画で登場人物が多いとわけがわからなくなりがちだけど、
出てくるのが、ほとんど1人なので集中して見ていられた。
宇宙に1人というのは、究極に心細いですね。

様々な試練が次から次へと主人公にぶつかっては、
それをなんとか乗り越える。すごいシナリオだなあと思った。
ぼくは、作り手側の思惑通りに緊張したり、ほっとしたり、
感動したりと、たいへん理想的な観客になっていたと思う。
もし、ぼくがシナリオを書いていたら、
こんなに試練を与えないと思った。途中で面倒臭くなったり、
主人公がかわいそうになったりもして、もういいだろうと、
わりと早い段階で、安心する要素を挟んでしまうと思った。
あんなにストレス状態が続くなんて、見る方も苦しいけど、
作る方はもっと苦しいだろうと思った。


で、それだけ苦しんだ甲斐があって、その反動で、
クライマックスは大きな感動になって開放的な多幸感に包まれた。
なので、我慢って大切だなと思った。粘り強い脚本家が、
強いストレスに耐えて行きつ戻りつしたんだろうなと思った。
たぶんだけど、自分で試練を与えて、自分で乗り越えての、
うんざりする繰り返しの最中に、想定外の発見があって、
その発見が物語に織り込まれているように感じたのだった。
粘り強く手を抜かずにやりきれる人って、偉大な大人だと思った。
もし物語が緩かったり隙があったら、
主人公の精神の解放も中途半端になっていたと思う。
問題が大きいほど、解決にも不断の試練が必要なんだと思えた。
偉大な大人に一歩でも近づいていきたいものです。
http://instagram.com/p/itcwXZiwnt/

1月3日

昼に起きて、上野の国立西洋美術館へ行った。
モネ展をやっていた。お正月でけっこうなにぎわいで、
ゆっくり鑑賞できる感じではなかったけど、
あっと思った絵については、前の方に行ってじっと見た。
モネの他にも印象派の画家の絵がたくさんあって、
田園風景、人物、都市の建物や、どれもよかった。
やっぱり睡蓮の絵は、ぐっときた。1つしかなかったので、
連作で見たらどんな感じなのだろうと思った。
http://instagram.com/p/itdDQtiwoR/
モネについて語った画家の言葉が壁に書いてあって、
細かくは忘れてしまったのだけど、
「モネの目によって、人間の視覚は進歩して絵も進歩した」
みたいなことが書いてあって、はあー、ってなった。
当時まではモネの目を透してしか感知することができなかった光を、
モネが見て絵にしたから、他の人にもそれが見えるようになった。
そしたら、視覚ってそこまで見ることができちゃうんだとか、
人間って絵によってこれを表現できちゃうんだとわかって、
人類がはっきり進歩したのだと思う。
そういう進歩の連続によって、人間の視覚は拡張されて、
表現は成長していくのかと思った。
絵にかぎらず、音楽なら音で、文学なら文字で、
人間の五感は拡張されて、表現は成長していって、
結果的に人類を成長させるのが芸術の力なのかと思った。
っていうか、絵よりも、壁の文字にばかり感動してるじゃないか。


モネ展のあとに五反田へ行って、
ユウコさん、マリエさんとで、シャンパンなどを飲んで、
新年のお祝いをした。
http://instagram.com/p/iszUfpiwhj/
けっこう飲んで、大崎まで歩くことになった。
五反田と大崎の間にいる小人のことが話題になった。
山手線に乗っているといつも見かけるオブジェがあって、
ぼくもずっと気になっていたのだった。それを見に行った。
三人とも酔っていた。
http://instagram.com/p/itc3qlCwn-/
記念撮影をして、大崎の寿司居酒屋でひれ酒と茶碗蒸し。
スターバックスへ行ってコーヒーを飲んで解散となった。
カフェインを取り過ぎたのか、そわそわしながら帰った。

1月5日

経堂のタイ料理のお店「ソンタナ」を貸し切って、
へもい新年会と、小宮山さん誕生会と、
kasahiさん春昆布さんの入籍をお祝いする会があった。
20人をこえていつもの友人たちが集まって、
赤ちゃんや、ねむちゃん、はなちゃんもいて、
温かくておだやかで、食べ物もおいしくて、よい会だった。
http://instagram.com/p/iy0Whniwtg/
高校生の頃なんかは、友だちなんていらないと思って、
ひねくれていたけど、最近は友だちって大切だなあと、
しみじみ思うようになって、いきなり涙ぐみそうになる。
みんなと会って何年経つのか、会ったきっかけは様々で、
こんなに長い付き合いになるとは思わなかった。
みんな結婚したり、子どもを産んだりしてるんだもんな。
そりゃ歳もとるわ、と完全に中年の視点に立っている。

1月6日

仕事始めの月曜日。「今年はまじめに働こう」と思う。
思うけど、まじめに働けるだろうか。とりあえず、
まじめに働いたぞと思える日を増やしたい。


出社直後に10分だけ席を外して、ラジオに出た。
福岡のFMラジオ局「LOVE FM」の朝のワイド番組、
「Top of the Morning」に電話出演。生放送だった。
ラジオやテレビの出演は、できるだけあまやんさんに
出てもらうようにしている。ぼくがしゃべると、
ぼくの不気味さだけが相手に伝わって、
肝心の話の内容がいっこうに伝わらないからだ。
そういう心配をしていたけど、話はわりときちんとできた。
DJのAnnaさんが、うまく引き出してくれたおかげだ。
と自分は納得しているけど、あとから聞き返したら、
きっと暗くなるので、聞き返さないようにしている。


突然思ったのだけど、客観性なのだと思う。
今年のぼくのテーマは、客観性とか自己批評なのだ。
話すのが苦手なひとや、すごい人見知りのひとは、
客観性とか自己批評のしすぎなのではと思う。
客観的に自分を見れば見るほど、何をしていいか、
わからなくなって、何もできなくなる。
自分の一挙手一投足、一言一句が周囲に及ぼす影響を、
シミュレーションするけど条件分岐が多すぎて、
オーバーフローになっている気がする。
結果的に客観的とはほど遠い、突飛な行動や、
でかい声が出て、自分でもびっくりする。


きちんと考えを話すには主観的である必要があると思う。
どこかに拠り所があってこそ、考えのようなものが持てるから、
自分が人間で日本人なんだって信じていないと、
もし肉の塊だと思っていたらしゃべるという発想にもならないし、
たまに、ぼく、そうなってる。
客観的に、客観性をオフにしないといけない。
オフにしていい客観部分を決めて、
主観的なひとに思われるだろうという予測のもとに、
客観的に話したり行動したりすればいいと思うけど、
そういうことを考えてる時点でもうだめだと思う。


http://instagram.com/p/ixi3AOiwqv/
ジュノンボーイ