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『SAVE THE CATの法則』を読んだり、『僕は小説が書けない』を読んだりした。

前回からのつづき)

『突き抜け』向けの小説がまったく書けないので、
映画脚本の書き方の本を参考にしたのだった。

SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術

SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術

これがすごく具体的で、読んでいくと、
自分にも書けるような気分になってくる。
ひょうきんな語り口で書かれていて読むだけでもたのしい。
まず、「一行(ログライン)で言うとどんな映画?」
というのを考えて、これを人に話したりして反応を見る。
これでおもしろがってもらえないと次のステップに進めない。
で、次にその映画が、これまでの映画のカテゴリーの
どれといちばん似ているかを明らかにする。
その上で、どうすれば自分の映画が一歩前進するかを考えて、
何か斬新な部分を付け加える
(「同じものだけど……ちがった奴」というのにする)。
次に主人公を決めたら、構成に入る。
この構成の章がこの本の肝で、
ブレイク・スナイダー・ビート・シート(BS2)という、
構成のテンプレートにしたがって内容を組み立てていく。
BS2は次のような15のビートで構成されている。
(括弧内はシナリオ内でのページ番号)

オープニング・イメージ(1)
テーマの提示(5)
セットアップ(1~10)
きっかけ(12)
悩みのとき(12~25)
第一ターニング・ポイント(25)
サブプロット(30)
お楽しみ(30~55)
ミッド・ポイント(55)
迫り来る悪い奴ら(55~75)
すべてを失って(75)
心の暗闇(75~85)
第二ターニング・ポイント(85)
フィナーレ(85~110)
ファイナル・イメージ(110)

それぞれにポイントがあって、
このビートとこのビートは対になるなどのルールもある。
映画を見に行って、上のビートに当てはめながら見ると、
「お、第一ターニングポイントきた」とか、
「いまが"心の暗闇"なんだな」と見てしまうし、
だいたいこれに当てはまると思ったのだけど、それもそのはずで、
ハリウッド映画の台本作りの「公式」になっているのだそうです。

ハリウッド映画がどれもこの公式にしたがって作られるから、
映画がどれも似たものになってしまっている
という問題があるそうなのだけど、その前に、
まず「公式」をよく知っておかないとなと思ったのだった。


それと、人がおもしろいと思うものって、
共通した構造があるように思っていて、神話とか民話みたいに、
古くから伝えられているものや、人生とシンクロするものとか、
傷ついて治るみたいに自然とか宇宙の法則が入ってるとか、
そういうものなのかなと考えているので、
たくさんの人に見てもらうための効率的な手法として、
公式が使われるのも自然なのだろうなと思った。
で、脚本術の本の通りにカードを作って貼ったりしながら、
小説を書こうとしていったのだけど、
やっぱりどうも進まなかったのだった。


そんな状態になっているときに、
中村航さんと中田永一さんによる小説が発売された。

僕は小説が書けない

僕は小説が書けない

まさに書けないので、読んでいる場合かと思ったけど、
おもしろくてすぐに読んだ。男子高校生が文芸部で小説を書く話。
物語自体もおもしろいのだけど、小説の書き方も描かれている
(作中にブレイク・スナイダー・ビート・シートが出ておどろいた)。
小説については、エンタメと純文学を二極に分けて、
原田さんと御大というキャラクターがバランスをとっていて、
小説のおもしろさや意義を伝えてくれる。
生きることと小説を書くことが融合していく素敵なお話だった。
印象に残ったところを書き出す。

自分が知っていることを書くんじゃなくて、自分の知りたいことを書くんだ。
知りたいこと、理解したいこと、探りたいこと、
それこそが小説や論文のテーマになるんだ。

自分がどういう人間なのかを、ほんとうの意味では知らないし、わからない。
それが、小説を書くことで見えてくるような気がするんです。
だから僕にとっては、書くことが必要なんです。

あと、書くことで対象との距離がわかるというのもなるほどと思った。
対象は人だったり物事だったり自分だったり。
小説って枠を決めて書きだしても、
枠の中は文字を埋めないといけないので、
その部分に自由連想法的に心のなかが出てしまうと思う。
少し時間をあけてから読むと自分でおどろいたりする。
それに応答するみたいに書いたり繰り返す。


それで、また書こうとして、というか書く前に考えるのだな。
考えるほうを半分くらいして、ざっと枠組みを作って、
やっと書いてみて、書くと「なにこれ!」みたいなのが出つつ、
そのまま進める。それでプリントアウトして、外に出てジムで走ってから、
喫茶店で最初から読んで「なにこれ!」部分を含めて考え直す。
そうすると半分まで来てたつもりが、実際は全体の5%くらいに、
圧縮されている。そういうことを、気づいたら電気じゅうたんで、
1時間ほど寝ていたりしながら繰り返す。で、またジムに行って、
筋トレして走って、サウナに入って、喫茶店でノートを広げて、
読んで思いついたことを書いて、レイトショー見て、
居酒屋で一杯やって、家に帰って書きなおして、
というのを土日のたびにずっとやっていたら、
わけがわからなくなりました。
http://instagram.com/p/u3FWNPCwlZ/


ポニョのドキュメンタリーDVDで、
宮﨑駿監督が自分を危機感で追い詰めると言っていたけど、
ぼくも自動的に、焦燥感というか落ち着かなくなってきて、
追い詰められ具合だけは整ってきて、まじどうしようとなった。
けれどもなんとか、とりあえず最後まで書いて、
文学フリマに出す『突き抜け8』の入稿には間に合ったのだった。
で、ぼくが書いた小説は、書くことで自分が気づくことが多く、
勉強になったのだけど、それを他の人が読んで、
どう思うかはさっぱりわからなく、
おもしろくないんじゃないかと思うのだけど
(結局、脚本術のテンプレートからも大きく外れたし)、
ぼく以外の方の小説はおもしろいので大丈夫だと思います。


キャラクターの性格やセリフ、話の展開のさせ方を考えることも、
書くために引っ張り出してくる過去の経験の選択も、
当然だけど、すべて作者がしていることだから、
作者のことなんだとあらためて思い知ったのだった
(そういう書かれ方でないものもあると思いますが)。
あちこちにエゴが出ていたり、ぼくの性格の歪みが表れている。
で、ぼくは自分が破綻していることがわかって、げーっとなった。
かつ、どうしようもないものは、もうどうしようもないと、
しみじみ感じたのだった。もうどうしようもないものを、
どうにかしようとするから苦しくなる。
もうどうしようもないと気づけば、
わりとどうでもよくなったりする。


なんでこんな恥ずかしいことを趣味でやってるのだと思った。
書くことに効能があるなら、書くだけ書いて、
誰にも見せずに隠しておけばいいのに、
100冊も作って売るって何なんだよと思ったのだけど、
読んでもらうことによって作者に生じる何かや
読むことによって読者に生じる何かがあると
思っているからかもしれない。そこは全然わからないのだけど、
読んでもらえると、
まじうれしい
のは、たしかです。


短編小説集 『突き抜け』 通販ページ
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