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小林三郎氏の講演を聴いたり大学の恩師にお会いしたりした。

6月5日(金)

定時退社して、東京丸の内KITTEのあるJPタワーへ。
大学の先輩がセミナーを主催してご招待くださったのだった。
セミナーのタイトルは、
「ホンダ流! イノベーションに強い人と組織の創り方」
というもので、「イノベーション」という言葉が、
ここ数年あまりにたくさん使われているものだから、
このセミナーも、もしかしたらよくある意識高い系の
オシャンティー系の内容だったらどうしようと思ったのだけど、
開始数十秒で、疑念は吹き飛び、こ、これはやべえぞと震えました。


お話くださったのは、ホンダでエアバッグを16年間研究して、
世界初で商品化した小林三郎氏。1945年生まれ。
飲み屋にいるような話し方で、バカヤローを連発するので、
うわあ、こええ、前の方に座らなくてよかったと思いました。
エアバッグの開発・商品化は社長以外ほとんどが反対して、
地獄のような16年間だったそうです。
最終的に、エアバッグは商品化され、
またたく間に標準装備になったのだけど、
「あのとき反対した奴らのクルマからエアバッグとってやるぞバカヤロー」
と言って会場は笑いが起こっていました。
バカヤローというのは小林氏がいた当時のホンダでは、
日常的に言われていたらしく、社内には上下も敬語もなく、
ニックネームで呼ばれて一流だったそうです。


お話が超絶おもしろくて、
本田宗一郎が小林氏のところに乗り込んできて、
わーっ!と怒鳴りまくって話すのだけど、
想いが強すぎて何を言っているのかわからなくて、
ヒィィやめて〜となっていたこととか、すごいおかしかった。
もちろんとても勉強になることがたくさんあって、
ポイントで覚えているのはこんな感じ。

・仕事のタイプをオペレーションとイノベーションに分けること
・40歳すぎたら分別がついて頭が固くなるので、
 イノベーションをやろうとしてはいけない
・40歳すぎたら内容がわからなくなるので本質と
 コンセプトを問うようにする
・ジジイは内容が理解できない
・ワイガヤが大切
・高質な原体験(一流の、モノを見る・人と話す・モノを食う)
・銀座の久兵衛の寿司を食べろ
・文化に革命を起こし席巻すること
見える化すると匂いが消えてしまう
・Spiritual Belief(信念)

とてもよかったので、もっといろいろ知りたいと思って、
帰りの電車で本をすぐに注文したのだった。

ホンダ イノベーションの神髄

ホンダ イノベーションの神髄

本当に素晴らしく、感動的な講演で、胸が熱くなったのだった。
小林氏は40歳以上のことを「ジジイ!」と言っていたけど、
40になる前に聴けてよかった。
それと、小林氏の愛のあるバカヤローを聞いていて感じたのは、
父方の祖父もバカヤローとよく言っていたなということ
(ぼくにはやさしくて、父によく言っていた)。
祖父は名古屋の有名なビルのガスや水道の設計は
ほとんど俺がやったと豪語していて、生きていた頃に、
名古屋駅前を一緒に散歩した時に、あのビルも、あのビルもと
指さして教えてくれた
(ちなみにビルそのもの設計は母方の祖父がしていて、
両親を会わせたそうなので、ある意味ぼくはビルです)。
話が逸れたけど、ぼくのおじいさん世代、
戦争に行っていた人たちって、エネルギーの塊みたいな印象がある。
それと荒々しいけど知的で優しいというか。全力で人間というか。
ホンダに限らず、戦後にできて急成長したいまの大企業って、
最初はそういうエネルギーの集まりだったのだろうなと思った。
小林氏が、いまの日本は何も新しいモノを作ってない、
いまの社長は係長みたいなやつらで、器にあらず、
と何度も言っていたのも、その当時からしたら、
そうなんだろうなと思った。
アツさとか愛とか野生とか、いまではちょっとうっとなるような、
松岡修造みたいなパワーが実はいまとても必要なのかもしれない。


講演のあと、招待してくださった先輩に挨拶をして、
会場にいらしていた大学の恩師の梅田先生、越島先生に
十数年ぶりにご挨拶した。全然変わってないと言ってもらえた。
そのあと、越島先生のいまの教え子のKさんと、
4人で食事をした。近況報告ということで、
エクストリーム出社の本をお渡ししたりした。
教わっていたプロジェクトマネジメントとあまり関係がないので、
呆れられるかと思ったのだけど、褒めていただけた
(あのあと読んで呆れているかもしれませんが)。


先生に教わったことが、いまの生活に大変役立っていることを
お伝えしてお礼をいいたかったのだけど、
緊張して、ご飯をご馳走になってしまった
(学生の頃から1円も払っていない)。
大学では具体的な授業の内容は、もちろんなのだけど、
振り返ると、学び方や考え方を教えていただいたのだなあ
と思うのだった。先生の研究室で本当によかったと思っている。
もし、ぼくがもっと勉強できていたら、別の大学に行っていたはずで、
そうなっていたら、いまみたいに楽しくなかったかもと思うので、
勉強できなくてよかったとホッとしている。


40に向けて、アツくやっていきたいとふつふつとなる、
とてもよい日だった。