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思い込みについて

連休に入りました。金曜から休みだったのに、
てっきり土曜から休みだと思って、
曜日をずっと勘違いしていました。

木曜の夜に「あれ? タモリ倶楽部やってないな」と思ったり、
金曜に「あれ? 王様のブランチ今日やってないのか」と感じ、
そして今日、ぼくの中では完全に「日曜日」で、
文学フリマ当日だったので、早起きをして着替えて、
本を段ボールに入れて、小銭を準備して、
鈴木鹿さんにいただいたバターサンドを冷蔵庫から出し、
バスの時刻表を確認して、今日が30日であることに気づいた。
それでもしばらく勘違いしていたことを受け入れることができず、
何度も入念に確認して、「文学フリマは明日だ」と理解した。
こえええ、と思った。

年齢が上がると、思い込みが激しくなる。
自分の思い込みたいように思い込み、
いったん思い込むと修正することが困難になる。
最近、空耳・空目の類が多くなったのを実感する。
これはおそらく脳の処理能力が年齢とともに下がっているのに、
処理能力のピーク時と同じようなことをしようとして、
なんらかの「省略」をする必要が生じるためではないかと思っている。
こまかいところまで読まず、聞かず
(忍耐力が減ったり、目や耳が悪くなるのもあると思う)、
話を省略をして、省略によってできた空白を、
これまでの経験などをもとにした想像で補おうとする。
これが強くて修正困難な思い込みが生み出される原因ではないか。

この空白を埋めるところが厄介に思う。
何をもって埋めるかが重要で、それは過去の知識や経験なのだと思う。
たまに怒ってブツブツ言っている老人を外で見かけたりするけど、
蓄積してきた知識や経験がネガティブなものだったのではないかと思う。
聞き間違いで、自分の悪口を言ってるんじゃないかとか。
見間違いで、おれを笑ってるんじゃないかとか。
認知症になると凶暴になると聞いたことがあるけど、
認知症の祖母がとても穏やかなのは、
蓄積してきたものがポジティブなのだろうなと思う。

話をしていて、どんどん発想が広がっていく人は、
省略と空白の埋め方が絶妙なのだと思う。
直感的に不要だと判断ところを省略して、あえて聞き間違いをしたりして、
その人独自のアイデアで埋めて、よりよい形にして返してくれたりする。
大学でお世話になった先生方はそのような人たちだった。

何の話かわからなくなってきましたけど、
・根気よく観察することを心がける
・知識や経験を明るいもので増やしていくこと
この二点に気をつけて生活をしたいものです。
勘違いして思い込むにしても、
よい勘違いをしてよく思い込みたいものです。
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