山口へ行ってきました。



何年も前から寝たきりになっていた祖母が夜中に旅立って、
翌日の早朝に新幹線で山口へ行きました。湯田温泉です。

家族で簡単にすませるから来なくていいよ、
と母に言われていたのですが、祖母の家系らしいなと思いました。
できるだけ人に迷惑をかけず、ひっそり終わらせるタイプなのです。
ぼくもその血を継いでいるのですが。

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湯田温泉に着くと、叔父さんがクルマで迎えに来てくれました。
叔父さんも叔母さんも、昔からよく知っている優しいひとです。
みんな覚悟していたようで、深く落ち込んでいる様子はありませんでした。
前に来たのは4年前で、そのときは祖母はまだ歩くことができていて、
認知症でぼくのことをときどき忘れていました。

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お葬式は翌日なので、この日は湯田温泉を観光しました。
子どもの頃から何度も来ていたのですが、
自分の足で観光しようと出かけるのははじめてでした。
中原中也記念館は来館者がぼくひとりで、ゆっくり見ることができました。
企画展では「帰郷」を取り上げていて、そのときの気持ちにしっくりきました。
外でういろうを買って、山口中央公園で食べて、
県立美術館の前を通って、山口大神宮でお参りしました。
日差しが強く、夏のような暑さでした。
夜は山水園の日帰り入浴へ。とてもよい温泉でした。

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お葬式は祖母の子どもたち3人と、孫のぼく1人でした。
お坊さんには来てもらわず、叔父さんがお経を上げると言っていたのですが、
お経の本を忘れてきたことに斎場で気づきました。
「そういえば、タカちゃん般若心経暗記してなかった?」
「タカちゃん、般若心経唱えてくれるかな?」
という流れになり、ぼくがお経を上げました。
こんなことになるとは思いませんでした。

祖母は寝たきりのあいだ、口を開けたままだったので、
口が閉まらなくなっていて、大笑いしているように見えました。
祖母の家系はみんなよく笑うし、まじめな顔で冗談をよく言うのです。
ぼくがお経を上げたから、
「あら、タカちゃんが上げとるのかね、おかしいねえ」
と笑っているような気がしました。


骨を骨壷に入れて、あっという間に終わりました。
遠いから来なくていいよとは言われていましたが、
叔母は体重が100kgで車椅子、叔父はぎっくり腰。
母に100kgの車椅子は動かせないので、
「タカちゃんが来てくれて助かったよ、お経上げてもらえたし」
と、みんなによろこばれました。大変なことになっていたんだなと思いました。


夕方、ひと足先にぼくだけ東京に帰りました。
夜、布団に横になって山口の写真を見返しました。
新山口からSLがちょうど発車するところだったので、
動画で撮っていたのです。
激しい汽笛の音は、お別れの合図のようでした。
手を振って見送る子どもたち、 それに応える機関士、
乗客も駅員も、みんな笑顔で、機関車が小さくなって見えなくなるまで、
ずーっと手を振っていたなと思ったら、涙が出ました。
ありがとう、おばあちゃん。お疲れさま。またどこかで会おうね。


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