ラブホテルに缶詰

前々から、何かひとつまとまった文章を書いて、
作品にしたいという気持ちがありました。
それは願望みたいなものだったのですが、
いつの間にか強迫観念のようなものになって、
僕を苦しめるようになりました。


イメージはあるので、書いてしまえば、
苦しみから解放されるのだろうけれども、
どうしても書けないというか、手を付けようともしない。
参りました。


そんなとき、ある案が浮かびました。
締め切りが迫ってもどうしても筆が進まない作家が、
ホテルに「缶詰」にされて仕事をするという話から、
なるほど、僕も「缶詰」になれば書くのではないかと、
自主的に缶詰になることにしたのです。



缶詰といったら、

ホテルです。しかしながら、シティホテルは高いし、
ビジネスホテルは、ちょっと狭くて息が詰まりそう。
安くて、広くて、朝からやっている……。



「ラブホテル」だ。




しかし、ここで課題になることがあります。
それはもちろん、
「ラブホテルが、ラブを目的としたホテルである」
ということによるものであり、となると、
執筆を目的とした缶詰においては、
「いかにラブのことを、意識の彼方に押しやれるか」
が、「ラブホテルに缶詰」の成否を分けるポイントとなります。
まあ、そこは精神力でカバーするのみです。なんとかなるでしょう。



前置きが長くなりましたが、

とにかく、ラブホテルに缶詰になってきました。



ちなみに、僕はラブホテルへは一度も足を踏み入れたことはありません。
なぜなら、これまで誰ともラブな関係になったことがないからです。


一度も行ったことがないのに、しーなさん大丈夫かしら、
というご心配には及びません。
MMK(モテて・モテて・こまらせて)研究者として、
数十冊のモテるための本を読破しているので、
ラブホテルに関する知識もカバーしているのです
(ただし、僕のモテ学は理論だけで、実践はゼロです)。


『30歳の保健体育』という本の、ラブホテルに関する章を要約すると、
下記のことが書かれていました。


・フロントには誰もいないが、気にせず入ってよい。
・部屋を選ぶためのパネルがあるので空室(光っている)を押す。
・部屋を選ぶと、ランプが光って誘導してくれる。
・たいてい部屋のドアも光っている。

RPGの攻略法のように、これらを覚えました。
あと、やたらと光っているものなのだなと思いました。



いざ、魔境へ。

ラブホテルの近くに結婚式場があり、ちょうど新郎新婦が、
黒い高級車に乗って見送られているところでした。


式場のバイオリンの生演奏を聴きながら、ホテルの前で記念撮影。



ラブ絶頂の新郎新婦を見送って、
ラブの欠片もない僕が、ラブホテルに入る。
なぜか「なめんなよ」という気持ちになりました
(上の写真の表情から「なめんなよ」が読み取れます)。


自動ドアが開いてまず驚いたのは、中の暗さです。
見渡すと、いまにも女魔術師が毒薬の入った小瓶を
手だけでそっと出してきそうな小窓が目に入りました。





「こ、これがフロントか……。」




心の中で呟いたつもりが、思わず声に漏れていたのは、
初めての経験で動揺していたためです。
そして攻略本の通り、部屋を示すパネルがありました。
だいぶ迷ってから、




「キュート&エレガンス」




と書かれた部屋のボタンを押しました。
何を迷っていたのかは、今となっては思い出せません。




エレベーターで目的のフロアにあがると、またも攻略本の通り、
部屋番号が点灯していました。
すごい。オフィシャルガイドブックではなかろうか。




さあ部屋に入った。


どうもラブホテルに入ることに興奮しすぎて、
本来の目的である「執筆」が遠のいてしまったようなので、
いったん落ち着くことにしました。


とりあえず、ひと通り中を見て回る。部屋は結構広い。



ベッドも広い。


このベッドの上で。そうか、このベッドの上で。
そうか、そうか。毎夜、毎夜、様々なことが行われているのか。
今は昼の1時だが、僕がチェックアウトした後は、ここで、


……





……





何かが胸に込み上げてきました


続いて、お風呂も見てみました。



お風呂もとにかく広い。
……そうか。そうか、そうか。



そうか。そうなのか。



なんだろう!?もう、涙が止まらない!
花粉症ではないはずなのに!



苦しい。胸が締め付けられるように苦しい。
涙が止まらないというのは大袈裟でしたが、
冗談にならないくらい、泣きたくなりました。
一体、僕の心に、何が起ころうとしているのか。
落ち着け、落ち着くのだ、と抗不安薬を半分に割って飲みました。
こんなことをするために来たのではないのだ。
缶詰になって、執筆するために来たのだ。



執筆開始


落ち着いてきたところで、執筆に取り掛かりました。
缶詰効果と、この悶々とした思いを昇華させたものを、
いまこそ原稿用紙にぶつけるのだ。



(数分後)


あ、リモコン発見。



40インチくらいの大型液晶テレビをつけると、
WBCが放送されていました。しばらく見入りました。
いやいや、これでは家を出て、
わざわざラブホテルに来た意味がないではないか。


しかし、もっと気になったのは、リモコンの
「リクエストDVD」というボタン。
一体、何をリクエストできるのだろうか。


はっ!!


ここは、ラブホテル。となると、
ふたりの気持ちを昂らせてしまうような!?
エロいDVDが!?ことによると!?
リクエストできちゃうのではなかろうか!?
胸が、く、苦しい。苦しくなってきた。




フォーー!!





大丈夫でした。エロいのはありませんでした
普通の映画を見ることができるサービスでした。
ここでエロがあったら執筆どころの騒ぎではなくなっていました。



さあ再び執筆開始。


(数分後)


あ、ゲームのコントローラー発見。



ご丁寧に、カップル用に赤と青のコントローラー。
そういえば、リモコンに「ゲーム」ボタンがあったはず。押してみる。



どういうチョイスなのだろうか。しかも3本だけ。
ゲームをする気が、まったく起きないではないか。
いや、ゲームをやる気になっては、どうしようもないのでした。
助かりました。



それにしても、このコントローラーのコードの巻きつけ方だ。
異常なまでに緻密にきつく縛られていて、……苦しくなってきました。
ラブホテル内は誘惑がいっぱいだ。気をつけなくては。



再び執筆開始。


(数分後)


あ、風呂が沸いた。



浴室にもテレビが付いていました。
浴槽に付いているボタンを押すと、
突然、照明が変化して、ジャグジーがゴゴゴゴと稼動して、
飛び上がらんばかりに驚きました。


入りました。



暗がりで赤や緑に変化する妖艶な光の演出。
この光の演出は、僕にどういう変化を及ぼすのだろう。
WBCは、日本が韓国に勝ちました。



サッパリしたら執筆もはかどるのですね。

身体がポカポカして、緊張がほぐれたようで、
本日初めて、筆が進み出しました。ようやく缶詰効果が現れてきたか。



(数分後)


あ、マイク発見。



これはもう歌うしかない。





「わたしの〜〜おはかの〜〜ま〜え〜で〜〜〜」




歌ったら、何かどうでもよくなってきました。
ベッドに寝っ転がって、映画「L change the world」と、
「スシ王子!〜ニューヨークへ行く〜」を途中まで見て、
(選択した映画のタイトルから、いかに僕が
どうでもよい状態になっていたかがお分かり頂けると思います。)



家から持参した文庫を読んで、



ベッドで飛んだり跳ねたりして、ラブホテルを出ました。




わかったこと。


ラブホテルは、缶詰に向いていない。


缶詰になっても、生半可な精神力では、
映画、カラオケ、ゲームまで、エンタテインメントが充実しているので、
遊んでしまいます。遊ぶのに最適なところだと思いました。
というか、そういう目的のところなのでした。


もうひとつ重要な教訓は、
ラブに関してコンプレックスを持っている僕のような人間が、
ひとりでラブホテルに行くと、精神的にとても辛いことになる
ということです。気を付けましょう。


そして最後に、これらの誘惑や不安に打ち勝つだけの精神力があれば、


自宅でも執筆できるということ。




最終的には、のんびりと楽しむことができましたので、
よい休日になりました。ありがとうございます。



昼間だったからか、いやらしいな感じもなく、
終電を逃したときなどに、気軽に使えると思いました。
全然、恐いところではありませんでした。
ということで、お姉さん方、終電を逃したら、
僕とラブホテルへ行きましょう



肝心の原稿ですが、

5枚書くことができました。



何を書いたかというと、皆さんが今読んで下さっている
この「ラブホテルに缶詰」の本文です。何が何だか分かりません。


結局は、書ける書けないではない。
書くか書かないか、それを決めるだけなのですね。
僕、頑張るよ。




最後に、

この日のことをドキュメンタリータッチで、動画にまとめました。