よく休んでよい1日になった。

今日はずっとうとうとしていました。
昼に起きてカレーライスを食べて、
3時間も昼寝をして起きたら4時で外は夕陽でした。



着替えて散歩に出て、百貨店の中の喫茶店で、
本を読んでいたらうとうとしてきたので店を出て、
少し歩いたらまた眠くなってベンチに腰掛けて、
またうとうとしました。


昨晩は、ののほさんに送って頂いたDVDを3つ、
明け方までメモを取りながら見たのでした。
鈴木志郎康さんの講演映像なのですが、
『詩と表現とWeb』はブログをやる上で、
『詩を書くのは楽しい。でもその後は…』は文章を書く上で、
『映像は撮ったら公開しよう』はYoutubeに公開する上で、
どれもとてもおもしろくて勉強になりました。



満月だと眠くなるのでしょうか、よく分かりませんが。
そういえば、もうすぐM−1の2回戦です。
小説を書こうとしていて、書けなくて思ったのです。


漫才には何通りも笑わせ方があって、
小説を書くにも何通りも方法があるに違いなくて、
テンポよく大きな声でやる漫才が全てではなく、
自分にできる笑わせ方をするしかないし、
それしかできないのだから、
小説においても自分にできる書き方をするしかないし、
そうするしかできないなと。
当たり前のことなのですが、そういうことって意外と、
頭で分かっても、血肉になるような分かり方は
できてないことが多いのですね。



それと未読の本が溜まってきて思ったのですが、
インプットとアウトプットを、
バランスよく行わないとなあと改めて思いました。
いくら読んでも話しても観ても聴いても体験しても、
それがアウトプットに結び付かなかったら、
何かを表現することを目的にしている僕には時間の浪費で、
仮にアウトプットに繋がっても、変換効率を意識したい。
何がどう影響して意外な幸運をもたらすかもしれない、
いわゆるセレンディピティも大切だと思いますが、
それを追い求め続けたら切りがない。
インプットし続けている限りはアウトプットをしなくても、
「今は準備段階なのだ」と自分へ言い訳ができる。
それをしているうちに、僕は何も作り出さずに、
寿命が来てしまうのではと不安になりました。


インプットもアウトプットも戦略的に、
あとこれまでの経験からの直感を活かして、
ガーッと行ってカッとバーッと行くのみだと思いました。


そういうことを振り返って考えて、
よく休めた1日になりました。