目がしぱしぱする。現実逃避と真実逃避
やらなきゃいけないことをやらずに、
別のことをしたり考えたりすることを「現実逃避」といって、
この言葉はネガティブな意味で使われている。
世間では現実逃避をせずに、
現実と向き合うことがえらいとされる。
しかし、脇目もふらずに現実に向き合うということは、
「やらなくてはならないことなどこの世にはない」
「人はいつか死ぬ」「色即是空 空即是色」
といった真実から逃避していると、
言えるのではないでしょうか(言えない?)。
現実は表層的なものですが、
真実はもっと深く本質的なものだから、
現実逃避より、真実逃避の方が罪深い気がするのは、
ぼくだけでしょうか。
だからといって、現実逃避をしまくれば、
真実に向き合っていることになるのかと言われると、
そうではないと思います。たとえば、
「宿題をやらずに、裸で流しそうめんをする」
という現実逃避が、真実に直に向き合っているとはいえません。
しかしながら、少なくともなんというのでしょう、
別のことに心が向いて、そちらに心が入るということは、
現実というものに対して、
これは本質的なことではないんじゃないか
と直感的に気づいて、本人が意識しているかどうかは別として、
とにかく離れよう、(よい意味で)逃げようとする気持ちの表れ、
つまりは「悟り」への第一歩なのではないでしょうか。
真実逃避をせずに、しっかり真実を見据え、
真実認識の土台の上に現実を構築し、
そうしてはじめて現実逃避をやめて、
しっかりやるべきなのだと思います。
土台から納得できていれば、現実から逃避することは、
真に無意味なので自然となくなるのではないかと思います。
行ったり来たりのバランスが大切なのでしょう。
だから「現実逃避ばかりして!」と文句を言われたら、
「あんたこそ真実逃避して!」と言い返して、
ゆっくり妄想していればよいと思います。ほどほどに。