千葉の長生村「こだまや」ツーリング。カレー、本。追突。

とてもよい天気だったのでバイクに乗りました。
どこへいくかあまり決めずに走り出したのですが、
そういえば、行きたいと思っていたところがあったのでした。


目的地は、千葉の長生村(ちょうせいむら)。
そこに会社の元同僚だったこだまさんが
二年ほど前からやっているカレー屋があるのです。
首都高から東関東道、さらに京葉道路で大宮ICで下りる。
ここまでで横浜から2時間ほど、約九〇キロ走りました。




ガソリンを満タンにして、

そこからさらに千葉外房有料道路で一時間弱走る。
自然が多くて交通量が少なくて、絶好のツーリング日和でした。






そして一三時半頃、ついに「こだまや」に着きました。
あやうく見逃しそうでしたが、鈴賀神社のすぐ近く。



これが「こだまや」です。




普通の一軒家でやっていて、玄関で靴を脱いで中に入りました。
畳敷きの広間に木製の机がいくつか並んでいて、
壁際には大きな本棚がどかんどかんと置かれていました。
すぐ近くが海岸ということもあって、窓からいい風が入ってきました。



座敷にこだまさんの姿が見えなかったので、
水を出してくださった奥さんに
「今日はこだまさんはいらっしゃいますか?」
と伺ったら、
「もしかして、……しーなねこさん、ですか?」
と聞かれて、なぜかぼくのことをご存知でした。うれしい。
奥さんが台所に戻られると、こだまさんが笑顔で迎えてくれました。
こだまさんは再び台所で、カレー作りが忙しそうでした。


本は読み放題です。僕の座った位置には、
文学の第三の新人と呼ばれた人たちの全集が詰まっていました。
その隣は、澁澤龍彦を中心としたサブカル系の書籍がどっさり。



こだまやカレーを注文して、安部公房大江健三郎
短編小説について対談している本を読みました。
時間を忘れて読んでいたら、カレーが出てきました。



このカレーが、えらくうまかったのです。
ここ数年、あちこちで本格的なインドカレーを
食べれる店ができていますが、それらもうまいのですが、
なぜかチェーン店でもないのに、チェーン店のように、
同じような味になっていると思うのですが、
こだまやのカレーは、


かなり違ってました。


野菜がたくさん入っていて、豆のようなのも入っていて、
味もその辺のカレー屋さんでは食べたことのないような味で、
なんか一息で食べてしまいました。うまい。
食後にラッシーを飲んで本の続きを読んでいたら、
畳と本とカレーと風の香りで、異常な居心地のよさで眠くなりました。
隣の居間でヨガ教室が始まったみたいでした、夢か?
他のお客さんも食事を終えて黙々と読書していました。


しばらくしたら、調理を終えたこだまさんが現れて、
「かっこいい珈琲屋があるから、そこ行こう!」
と足早に玄関を出てクルマに乗り込んで、僕も乗りました。
で、一〇分ほど走って「KUSA」というお店に着きました。



ここは東京からも訪れる人が絶えないという、
有名な珈琲屋さんとのことでした。
近くには、同じく東京からのお客さんで朝から行列ができるという
パン屋さんもあるそうで、どうやら長生村には、
このような技を持った方々が移住してきて、
個性的で理想的なお店を構えているようでした。すごい。



ほんと驚くほど美しくて、物語のようなお店でした。
そして、出てくる珈琲のうまいこと、うまいこと。
カレーを食べて、珈琲飲んで。こだまさんと近況について
うかがったり、話したりを二時間くらいしました。
こだまさんは会うたびに


「しーなくん、いつ会社辞めるの?」


と聞いてきます。こだまさんを見ていると、
本当にすぐにでも辞めて、自分が本当にやりたいこと、
おもしろいと思うことに打ち込んで生きたい
と思うのですが、やはり生活のためのお金が心配になったりします。


でも、こだまさんと話していると、
数年間一生懸命お金を貯めて、どん!と長生村に一軒家を買って、
カレー屋を始めて、こだまさんが本当に好きな本を作ることや、
音楽関係のことに打ち込んで、新しい生き方を体現していて、
本当に尊敬して勇気が出てきます。でも、
「しーなくん、いつ会社辞めるの?」
については、はっきり答えられませんでした。



一七時に店を出てクルマに乗り込むと、
帰りに息子さんを迎えに行くと言って保育園に寄りました。
一〇分ほど走って保育園に着くと、小さい男の子がクルマに乗りました。
僕が「何歳ですか?」と聞いたら、黙って指を三の形にしました。



こだまやに向かっている間に夕日が沈んできて、
真ん丸なオレンジ色の太陽が見え隠れしました。


唐突に、
「できない理由ならいくらでも見つけられるんだな」
と、思いました。
前にある人と飲んでいて、僕は疑問に思ったのでした。
お金もあって才能もあって現状に納得がいっていないなら、
どうしてこの人はやらないのだろう?と。
こだまさんが僕に言ってくれたのは、
僕が抱いた疑問と同じ種類のものなのだと解釈しました。


まだ足りないとか、もっと足りてない人から見たら、
さらに、もっと足りてない人から見たら、きりがない。
まったく足りてなくても、やる人はやるし、やらない人はやらない。
やるかやらないか、それだけ。



こだまやに戻ると、こだまさんは夜のカレー作りに
さっそく取りかかりました。
座敷にはご近所の方(?)がいらしていて、
こだまさんの子供たちと同じくらいの子供たちが、
いろんなことをして、にぎやかに遊んでいました。
懐かしい光景でした。子供の頃こんなだったなあと思いました。
あまりおそくなると帰れなくなるので、僕は帰ることにしました。


小学生の女の子が「なんで帰るの?」と見上げて聞いてきて、
本当に僕はなんで帰るんだろうと思いました。
奥さんと三歳のとし君が玄関まで見送ってくださって、
手を振ってくれました。


帰り道、すごくいろいろ考えていたからか、
高速道路で前のクルマがブレーキをかけたのに気づくのが遅く、
僕も急ブレーキをかけたのですが、ぎりぎり間に合わずに、
ドスンと追突して、軽く弾かれたように転倒してしまいました。


クルマの運転手さんが降りてきて
「大丈夫!?怪我はない?」
と言ってくれました。
僕は申し訳なくてしかたなくて、何度も謝りました。
クルマは平気だけど、ズボンとか破けてない?と
最後までいろいろ心配してくださってその人は行きました。


ミラーが少し曲がったのと、膝や脛を打った以外に
特に怪我はなかったのですが、とてもショックでした。
高速道路で衝突して無事でいられたのだから。
「人生なんて一回しかないんだからさ」
と、こだまさんが言っていたのを思い出したり、
水の事故で急に亡くなった先輩のことを思い出したり、
それでも勇気のない弱い自分を噛みしめて、
なんだか泣きそうになりながら帰りました。



往復で二五〇キロ走っていました。