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手が治った。

この前、病院へ行って腱鞘炎と言われて、
シクシクと痛かったのですが、温泉に行った翌日に、
痛みがぐわーっと外側に溢れ出るような感じがしたのでした。


それまで内側に篭った陰湿な痛みだったのが、
陽気にズキズキしだしたから、ひどくなったか?
と思ったのですが、さらに一日経ったら、
ほとんど痛みが消えました。
温泉が効いたのでしょうか。あと、
「箱根神社は、すごいパワースポットなんですよ」
と、雛っちさんに教えてもらったのでした。
たしかにパワーに満ちていたと思いました。


先日行ったパウル・クレー展がとてもよかったので、
クレーに関する本を買って読んでいます。古本。

パウル・クレー―造形思考への道

パウル・クレー―造形思考への道

クレーが描いた天使の絵があるのですが、
それがとても素敵なのです。落書きみたいな線で、
描かれているのですが、どうやらこれは、
最初から天使を描こうとしたわけではなくて、
クレーの方法や直感で描いているうちに
自然に天使になったらしいのです。

そういう絵の立ち上がり方は、
小説にも活かせるのではと思いましたが、
すでに活かされている作品もあるのだなと思いました。
完成した小説を読むとき、すでに終わった話を追体験する
ことになるのは避けられないけど、先のような書き方なら、
その宿命を少しだけ脇に置いた、小説になるのかもしれません。
そういう、描き方でかつ、その描き方でなければ成り立たない
作品を読んでみたいと思いました。


ピカソは写実的な絵をすごく巧く描いて、
その上で新しい手法を発明して描いて、
大昔の絵の巧さは、写真みたいに精密に描くことで、
その上でさまざまな主義や方法で描かれたものが乗って、
基本があるから、応用があって楽しめるけど、
応用が人間が一生かかって習得できるレベルを超えて
発展していったら、高度すぎてわからなくなる。
批評家の小林秀雄と、数学者の岡潔の対談を読んだときに、
当時の数学の最高レベルまで達するのに、
一から学んでいくと、何十年もかかるから、
もうそろそろ限界みたいなことが書いてありましたけど、
芸術や科学もそういう風になっていってるのかもと思いました。


小説を書くのに、発明的なものを書くために、
どんな秀才でも基礎を学ぶのに五十年かかるとなったら、
あれだわ、もう。