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雨かと思ったら晴天で洗濯をしなかったことを後悔したり、「めぞん一刻」を見ている。

雨だろうと思って洗濯をしなかったら、朝から晴れ渡り、
文京区のオフィスから富士山が見えるほどの、
お洗濯日和でありました。
ですから今日は素晴らしい晴天を見るたびに、
「洗濯をしておけばよかった」
と思いました。たびたび思った時間をすべて合算すると、
きっと15分ぐらいになります。

一方、もし洗濯をしていたらどうなっていたか。
晴天を見るたびに、
「ああ、いままさにベランダの洗濯物が乾きつつある」
と幸せな気持ちになったことでしょう。
清潔に洗われた衣類は、ベランダで乾燥し、
取り込まれるのを待つ、健気な存在になるのです。

このように、未来を予測をして少しの手間を掛けて、
早めに手を打っておくと、そのあとずっと満足感が得られる
という仕組みを並行していくつ作れるかが、
人生の満足度に関わってくると思われます
(そんなことを考えている時点で人生の満足から遠い人間だと思います)。

ぬか床に野菜をセットして家を出て仕事をしている間に、
野菜の水分とぬか床の乳酸菌が交換されてうまくなっている
という小さなものから、
子どもができた人は、生きている間じゅう、放っておいても、
自分の子どもが育っていく満足感が得られるんじゃないかと
思ったりしています。実際どうだかわかりませんが。

この放っておいても成長するというのが、いいんだろうな思います。
ぼくは人生の半分をすぎて成長しなくなった感じがしています。
はやくシンギュラリティが来てほしいです。
自分の成長が止まった人は、次の世代に成長を託すことで、
満足していくのかなとも思います。

オフィスの下にあるピーコックで、
半額になった刺身や肉など食べたいものを買って帰って、
家で食べながら、お気に入りの酒屋で買った酒を飲んで、
Amazonプライムビデオで「めぞん一刻」を一話か二話見て寝る。
これには満足しているのですが、成長している要素が、
自分の内にも外に見出だせないところに、
むなしさを感じているのだろうなと思いました。
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