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それは人類の本来の姿へ戻ること。

『絶対、最強の恋のうた』を読んで、お送りしたメッセージが
作家の中村航先生のブログに紹介されていました。


しばらく前にお送りしたメッセージだったのですが、
最近の僕の日記に「モテる・モテない」とか本能とか宇宙とか書いていたから、
中村航先生がご覧になって、思い出させてくださったのでしょうか。
ありがとうございます。


作品に「木戸さん」というキャラクターが登場するのです。
それで僕はお送りしたメッセージに、こう書きました。

・ういろうはNGで、もみじ饅頭はOK
・マリンスポーツはNG
この判定基準は意味が分かりませんが、
なぜかよく分かるのはなぜなのでしょう。
これこそ木戸力(直感の力)みたいなものだと思いました。
日本に必要なのは、木戸力だと思いました。


「木戸力」が必要なのです。それは人類の本来の姿へ戻ること。
この、ゆがんだ現代社会から突き抜けることなのです。
お勧めなのです、『絶対、最強の恋のうた』。


絶対、最強の恋のうた

絶対、最強の恋のうた



自意識過剰と知の枠組み

それから、お気に入りのページを読んでいましたら、
「続・ぼくはみていよう」というブログの小宮山さんが、
前に書いた「モテる・モテない」についての日記に関して、
こういう風に書いてくださいました。
引用させていただきます。

日々読んではささくれた心を和ませていただいている、
しーなねこさんのページでありますが、最近の日記で、
モテ〜本能〜平和〜自転車と続く考察を読ませていただき
刺激を受けました。


さて、モテないことと自意識過剰ということと、
明治維新以降の一神教〜科学的思考〜資本主義社会とゆう
知の枠組みが日本に流れ込んできたこととの間に
強い相関があるのではないかと、
私は予感めいたものを感じているのであります。


それでつながったのが、「木戸力」です。
僕は小宮山さんのブログに、
以下のようなコメントを書かせていただきました。

言語や意識ができて、不自然なかたちになって、
価値観が統制されたので、モテなくなったのだと思います。
現代の構造から抜ければモテるけど、それでは生活できない。
生活に徹すればモテない。
モテたとしても現代の文脈に沿った虚構のモテでしかない。
これが閉塞感の原因でしょうか。
すべてを本来に戻す必要があると思いました。

再び『絶対、最強の恋のうた』に戻る

登場人物の「坂本君」というキャラクターが、
「どうしら!」と叫ぶ場面があるのです。
何か別のことを言おうとしてたのですが、
口が回らず「どうしら!」という
意味不明な叫びになってしまうのです。


しかし、それはもう「どうしら!」でしかなくて、
言語を超えたダイレクトなあれなのです。
このダイレクトなあれが、人類に必要なのです。