イッセー尾形氏の一人芝居を見てきました。
場所は大手町の日経ホール。
会社の同僚のKさん、松坂小輔くんと行きました。
すごくおもしろかったです。
約2時間で8人ぐらいの人間を演じて、
サラリーマンや、おばあさんホステスや、田舎の高校生など
存在感が緻密に構築されていて、おかしいのですが、
何とも言えない哀しさも感じました。
イッセー尾形氏の演じる人間を見て、お客さんが笑うのは、
例えば、あるサラリーマンのネタを見て、
「ああ、こういうオッサンいるなあ」
という気持ちがあるからだと思うのですが、
「じゃあ、そのオッサンは、具体的に誰なの?」
と聞かれると分からなくなるのでして、
仮に、「そのオッサンは、Aさんです」と言えたとしても、
その似方は完全ではなくて、部分的であるはずで、
さらに言えば、そのAさんより、
イッセー尾形氏が演じるAさんの方が、
よりAさんらしいという事態にもなるのでは、
と思ったのでした。
その理由は、お客さん一人一人が、
「ああ、こういうオッサンいるなあ」
と、それぞれ思い描くオッサンがいて、
イッセー尾形氏は、その無数のオッサンを系統立てて、
素因数分解みたいに分解した後に、
「純粋で抽象的なオッサン」
を再構成しているからではないかと予想しました。
だから、誰がどこから見ても、おもしろくなっている。
これはとんでもなくすごいことだと思いました。
そしてつまりは、お客さんの中に、もちろん僕の中にも、
イッセー尾形氏が演じる人物の、
元になる要素が、必ず少しは入っているのでして、
となると、僕らは自分を笑っているのか、
人類自体を笑っているのかとなるから、
それが、何とも言えない哀しさになっているのかなと思いました。